ケンカはダメよ 今日、夕食時に、私がパートナーに対して昼間に起こったことについて文句を言っていたら、娘に、 「ママ、爸爸(お父さん)とケンカしちゃダメよ」 と言われました。私が一方的に彼を責めていたことを、3歳の娘に戒められました。 自分の行動を反省すると同時に、娘がいつの間にか、母親の行動は正しくないと判断し、それを戒め、正そうとするまで成長していたことに驚かされました。 もう、赤ちゃんでも幼児でもなく、「小さな大人」なんだな、と思いました。
肺炎の疑いと抗生物質 先週、娘が連日38℃以上の熱を出し、痰がからんだような湿った咳をしていたので、日曜の朝に、近所のBC Children's HospitalのEmergencyに連れて行きました。 朝10時半に病院に着いたのですが、その時にはすでに40人ほどの病気の子供たちとその家族で待合室はごった返していました。30分ほどかけて受付を済まし、実際にドクターの診察を受けることができたのは午後2時でした。(冬場でインフルエンザが流行っているようで、この日は特に混んでいました)
Willingdon Church 「A Christmas Vacation」 今日は、パートナーと娘と私の3人で、バーナビーのWillingdon教会の無料クリスマスミュージカル「A Christmas Vacation」を観に行ってきました。 Willingdon教会のクリスマスミュージカルは、なんと5年ぶりです。娘を出産したり、子育てでバタバタしていて、ずっと足が遠のいていました。しかし、娘が3歳になり、最近ではテレビを観せるとストーリーを理解して楽しむようになってきたので、目の前で行われるライブショーを観せてあげたいと思い、今日、久しぶりにミュージカルを観に行きました。 しかし娘は、ステージが始まり、楽団が音を出した瞬間、「ママ、ママ、外に出たい」と言い出しました。彼女の顔を見ると、目に涙を浮かべています。急いで娘を抱っこして外に連れ出し、会場の外を10分ほど歩き回り、娘が落ち着いたところで「どうして泣いているの?」と聞いたら、「音が大きくて怖い」と言いました。 「3歳にミュージカルはまだ早かったかな。(パートナーを席に残して会場を出てきたので)終わるまでこのまま外で待とうかな」と思っていたら、会場のドアから快活な音楽が聞こえてきて、娘が中に戻りたがったので、(後ろの人に謝りながら)自分の席に戻りました。 それから30分ほどは大人しくステージを観ていたのですが、そのうちまた、娘が外に出たがりました。あまり出たり入ったりすると周りの人に迷惑なので、小声で「もうすぐ楽しいお歌やダンスが出てくるから、それまで静かに席に座って待とうね」と娘を説得していたら、パートナーが携帯でYouTubeを開き、娘の好きな機関車トーマスの動画を見せ始めました。それで機嫌が良くなり、YouTubeの動画が終わった後は、(多少、注意散漫なものの)ミュージカルを観るようになりました。 娘の様子が落ち着いてからは、私も集中してミュージカルを観ることができるようになったのですが、終演15分ほど前に、娘が力なく私に寄り掛かってきます。見てみると娘は、眠気に襲われて舟を漕いでいました。眠りやすい体勢になるよう、娘を私の膝の上に乗せ、頭を支えて抱きかかえました。 きっと娘は、ミュージカルを観るのも、楽団の音楽を生で聴くのも初めてで、情報過多になって頭が疲れてしまったのかもしれません。 ミュージカルが終わった後、他の観客が帰った後も娘は起きる様子がなかったので、起こさないように抱っこして会場を後にしました。入り口ドア付近にいた係員の女性に、「ミュージカル中に会場内でお昼寝してしまう子供は初めてよ!」と感心されてしまいました。(私も、大音量の中で眠れるなんて、スゴイなぁと思いました) 娘にミュージカルはまだ早かったかもしれません。次回は、またさらに5年後かな。 肝心のミュージカルの内容ですが、これまでは第一次世界大戦中や、1950年代などの「古き良き時代」の話が多かったのですが、今年は珍しく“現代のストーリー”でした。 バンクーバーに住むお金持ち一家(白人の父母娘と、養子の広東人少年)がクリスマス休暇に田舎に来たところ、何もかも不便で最初は不満ばかり。でも、地元の人々の温かさに触れ、次第に心を開いていきます。そのうち、養子の広東人少年がある少女と出会い、恋に落ちます。しかし少年は、自分のそれまでの境遇(両親は交通事故で他界。10歳で香港を離れ、バンクーバーの養父母に引き取られた)を少女に話し、「ジーザスなんて存在しない」と言って悲観します。少女や周りの人々が、「でも今は、素敵な養父に引き取られて幸せでしょう。あなたは神に愛されている。神は誰も見捨てない」と終わるストーリーでした。 俳優達がステージで、携帯でセルフィーを撮ったり、「電波が届かない」と嘆いたりするシーンがあり、とても今時な演出だと思いました。とても面白かったです。
スピーチセラピーが終わりました 今日で、娘のスピーチセラピーが終わりました。 娘が2歳になった頃、自分の感情を“人間の言葉”ではなく、「あーあーあー」「あ゛ーっ」という“音(唸り)”で人とコミュニケーションを取ろうとしていたため、そのことをファミリードクターに相談し、近所のコミュニティヘルスセンターのスピーチセラピーを紹介してもらい、週に一度、通うこととなりました。(ちなみに、コミュニティヘルスセンターなので、セラピー代は全額MSPでカバーされました)
七五三の写真撮影 今日は、10月に3歳になった娘の七五三の写真撮影でした。 写真撮影をお願いしたのは、Tommy Zablan Imagingです。レンタル着物代、撮影代、写真データ納入(プラス、千歳飴代)がセットになったパッケージで撮影をお願いしました。 娘は普段、写真を撮られるのが嫌いで、カメラを向けるとしかめっ面してしまいます。だから、撮影一週間前から、フォトスタジオの七五三のサンプル画像を見せ、 「どの着物を着たい?」 「着物を着て髪の毛を結って、お姫様のような写真を撮ってもらえるよ」 「撮影終わったら、甘いキャンディ(千歳飴)がもらえるよ」 と教えて、娘の気分を高めて(心の準備をさせて)おきました。
人の命を 昨夜、フランスのパリで、悲惨な連続テロが起こりました。 詳しいことはまだ分からないのですが、ニュースによると、死者は120人以上いるとのことです。 毎回、テロのニュースを聞くたび、「どうして、テロリストは、こうも人の命を軽んじるのだろう?」と思うのです。 私は、娘の妊娠中と出産の際、身体的にとても大変な思いをしました。その時、「命ひとつ生み出すことは、なんて大変なことだろう」と思いました。産後も、体の栄養分を母乳に取られ、出産のダメージを回復するどころか、妊娠前以上にみるみる痩せてしまいました。でも、「娘が大きくなるために」と、自分の体調を顧みずに母乳を与え続けました。その時、「母親は、自分の命を削って、子供を育てているんだなあ」と痛感しました。 人ひとりひとりには、その命を与えた母親がいます。 大きくなるまで、その子を慈しみ、大事に育てた母親がいます。 しかし昨夜、テロリスト達は、その大切なひとつひとつの命に銃を向け、その命を奪いました。 どんな理由があろうとも、それが人を殺していい理由にはなりません。 他人が他人の命を奪う権利はないのです。 一体、人の命をなんだと思っているのか。 宗教を超えた「人間としてのルール」を守れない者が、イスラムの天国に行けるわけがない。 テロリストを生み育ててしまった母親たちの嘆きが聞こえてきます。
Undocumented 2013年に製作された「Documented」という映画を観ました。 この映画は、過去にピューリッツァー賞を受賞したジャーナリスト、ホセ・アントニオ・ヴァルガス(JOSE ANTONIO VARGAS)氏の自伝的なドキュメンタリー映画です。 彼は12歳の時、当時、アメリカの永住権を持ってサンフランシスコに住んでいた祖父母が密入国ブローカーを雇い、そのブローカーによってフィリピンからアメリカに連れてこられました。 長い間、自分が不法移民とは全く知らず、正当なビザ、もしくは市民権を持ってアメリカに住んでいるものと思っていました。しかし、16歳になったある日、運転免許を取得するために運転免許センターに行き、そこでIDとしてグリーンカードを提出したところ、受付のオフィサーに「あなたのグリーンカードは偽造品ね」と指摘され、初めて自分の滞在ステイタスに疑問を持つこととなりました。同居していた祖父に、偽造グリーンカードの真偽について尋ねたところ、彼のグリーンカードやSocial Security Number(日本で言う“マイナンバー”)などの書類はすべて、祖父が他人から買った偽造品であり、彼は正当なビザも市民権も持たない、不法移民だということを告げられました。 その事実にショックを受けつつ、それでもなお、人一倍勉学に励み、彼はジャーナリストになりました。2008年にはピューリッツァー賞を受賞し、順風満帆にキャリアを築いていきました。 しかし、自分が不法移民であることが知られないようにするため、苦労していくこととなります。ジャーナリストとしての職を得る際、彼は偽造Social Security Numberカードを使用していたのですが、それが偽造と知られたら、即刻解雇される恐れがありました。また、有効なパスポートを持っていないため、国外はもちろんのこと、国内便の飛行機に乗ることさえできませんでした。さらに、不法移民であることが周りに知られたら、移民局に捕まえられ、フィリピンに強制送還されることとなります。そうなったら、キャリアも住む場所も、苦労して築いてきたこれまでの人生の何もかもが、一瞬で失われます。彼はそんな生活に、ほとほと疲れ切っていました。 そこでヴァルガス氏は、自ら不法移民だということを世間に公表し、同じ状況で苦しんでいる不法移民の子供たちのため、法改正への運動を行うことを決意します。このドキュメンタリー映画は、彼の運動と、それを支援する人々の様子を紹介しています。 私は、この映画を観ている最中ずっと腑に落ちないものがありました。彼の運動に賛同し、支持する人がいればいるほど、そのわだかまりは強くなっていきました。 ヴァルガス氏には同情します。彼は、本人の意思で不法移民になったわけではありません。アメリカに移住した後、先述したように、アメリカの高校・大学で人一倍勉学に励み、ジャーナリストになってからは、素晴らしい内容の仕事をこなしてきました。彼は、他のアメリカ人以上にアメリカ社会に貢献してきました。それなのに、正当なビザを持っていないことが発覚すればすぐに強制送還されるという状況に置かれている彼の深い悲しみは、非常に理解できます。 しかし、だからと言って、不法移民の子供たちに(永住権というプロセスを飛ばして)市民権を与えようという意見は、少し飛躍し過ぎではないかと思うのです。 まず、長い間審査待ちをしている正規の永住権申請者に対してフェアではありません。私自身、カナダの永住権を取得するのにとても時間がかかりました。皆、何年も待っているのに、その列を飛ばして先頭に並ばせようというのはどうかと思いました。 また、永住権取得に時間がかかるのには、それなりの理由があります。それは、申請者一人一人のバックグラウンド調査をするためです。今、無差別テロがとても問題になっていますが、移民局が申請者一人一人をしっかり審査しないと、みすみすテロリストに永住権を与えてしまうというミスを犯しかねないと思うのです。 最後に、もしこれが立法されたら、これまで以上に、発展途上国や政治的に安定していない国の親が、自分の子供をアメリカに密入国させようとするのではないか思います。子供が小さいうちに密入国させてしまえば、その子が大人になった時、簡単に市民権が得られるからです。カナダに住んでいると、隣国・アメリカは、他の国々(特に発展途上国)が思っているような“アメリカンドリーム・理想の国”ではないことをひしひしと感じるのですが、それでもなお、自分の子供をアメリカに密入国させようとする親がたくさん出てくると思うのです。 だから、現在、アメリカに滞在している不法移民の子供には、市民権ではなく、永住権取得までの滞在許可(就学ビザ、もしくは就労ビザ)を出すだけに留まり、永住権や市民権は、それぞれちゃんと正規の申請プロセスを経て発給した方がいいのではないかと思いました。 だから映画の中で、ヴァルガス氏の運動や支持者が盛り上がっているシーンが出てくると、彼らの意見や運動に賛同できない自分が、とても保守的で思いやりのない人間のように思えてきて、少し辛かったのでした。 こちらが、このドキュメンタリー映画のトレーラーです。 そしてこちらが、ホセ・アントニオ・ヴァルガス(JOSE ANTONIO VARGAS)氏の「自分は不法移民だ」と公表する記事です。 My Life as an Undocumented Immigrant(英語)