第二子を出産しました


報告です。2019年2月20日午後8時57分、BC Women's Hospitalにて、身長48.5cm、体重2550gの元気な女の子を出産しました。

妊娠中、43歳という年齢からなのか体調がすこぶる悪く、担当医と相談し、予定日より3週間早くLabour Induction(陣痛促進剤を用いて人為的に出産を行うこと)で出産することになりました。しかし当日、陣痛が始まった数時間後にお腹の中の赤ちゃんの状態が急変したため、急遽、緊急帝王切開で出産しました。


とにかく大変な出産だったので、順を追ってひとつずつ説明していきたいと思います。

1. 妊娠中の症状とLabour Inductionを行うことになった理由
2. 緊急帝王切開
3. 術後と退院
4. 周囲の助け
5. 最後に

1. 妊娠中の症状とLabour Inductionを行うことになった理由

第一子を妊娠した時は、妊娠高血圧症にかかり、Labour Inductionで出産と何かと大変でしたが、今回はそれ以上にもっと大変でした。

・妊娠初期から出産直前までの継続的な悪阻(つわり)

妊娠初期(8週目くらい)から悪阻が始まり、症状は出産当日まで続きました。常に体がだるく、身体的にも精神的にも力が出ず、お腹が空くと吐き気がする、食事をすると吐き気は収まるが頭痛が始まるという、要は四六時中何かと調子が悪い状態でした。こんな体調でも、パワフルな上の子の相手をしなくてはならず、妊娠期間中は人生最大に本当に辛かったです。

妊娠高血圧症

第一子の時も妊娠後期で妊娠高血圧症にかかり、Labour Inductionを行ったのですが、今回、またもや妊娠高血圧症にかかってしまいました。最高血圧は常に140台、出産前は170まで上がりました。

出産予定日一ヶ月前の2月13日の検診で、担当医に「高血圧が続いているから、予定日を待たず、今月中にLabour Inductionを行いましょう」と言われました。「来週か再来週、どちらがいい?」と聞かれた時、妊娠による体調不良をなるべく早く解消したかったので、ドクターに「できるだけ早く。できれば来週に」とお願いしました。

手根管症候群(Carpal tunnel syndrome)

これは、別のエントリでも詳しく書いているのですが、体がむくんで手首内の指の神経を圧迫し、人差し指・中指・薬指がしびれて動かなくなる症状です。1月半ばから症状が出始め、2月になるとペンで字を書くこともピアノを弾くこともできなくなるくらい症状が酷くなりました。(ちなみに出産後の今でもまだ指がしびれています。完治には数ヶ月かかるそうです)

2. 緊急帝王切開

担当医の検診後、BC Women's Hospitalと近所の産婦人科医のクリニックで血液検査とモニター検査を経て、2月20日の午後1時からBC Women's HospitalでInductionが始まりました。本来の出産予定日(3月13日)より1ヶ月も早まり、ベビーベッドも何も準備ができていなかったので、パートナーはこの日から産休を取って、午前中に急いでベビーベッドとベッドの横に置く新しいチェストを組み立て、赤ちゃんを迎える準備をし、午後1時に出産に必要なものを詰め込んだスーツケースを持って病院に行きました。

いくつかの検査を経て、Cervidil(陣痛促進剤が浸み込んだリボン)が体の中に入れられました。午後3時過ぎにパートナーが学校を終えた娘を病院に連れてきたので、学校の宿題を見てあげていたら、看護婦さんに「その様子だったら今日の出産はないだろうから、ひとまず家に帰って」と言われました。

しかしその時、軽い陣痛らしきものを感じていたので、看護婦さんに「もう陣痛は始まっているので、このまま病院で待機したい」と言ったのですが、「モニターでも陣痛らしきものは確認できるが、この程度の軽い陣痛だったら、今夜出産になることはない。だから今日は帰って」と言われました。

渋々家に戻り、夕食を食べている途中、急に(本当に突然に)陣痛が重くなりました。痛みの波が来ると息が止まるくらい痛みが鋭く、普通に歩けないくらいです。すぐに病院に電話をし、上の娘を近所のクラスメートの家に預け、パートナーと二人で病院に向かいました。

到着してからまず、昼間にCervidilを入れた同じ病室に入りました。ベッドに横になり、陣痛を測るモニターとお腹の中の赤ちゃんの心音を測るモニターを付け、陣痛の痛みを「フーッ、フーッ」と呼吸でリリースしながら子宮口が開くのを待ちました。

それから約30分後、いきなり7、8人のドクターとナース達が病室に駆け込んできました。その中の一人が、「今、別室であなたのモニターを見ていたのだが、赤ちゃんの心音がいきなり下がって戻らなくなった。このままじゃ危険なので、今から緊急帝王切開をします」と言われました。

私はすぐストレッチャーに乗せられ、手術室に運ばれました。手術室には合計15人くらいドクターとナースさん達がいました。手術台の上の乗せられた後、ドクター達が入れ替わり立ち代わり早口で「Hi, nice to meet you. I'm Dr.XXXX. I'm a surgeon / assistant surgeon / anesthesiologist....」と自己紹介を始めました。しかし、こちらは陣痛で大変な状態なので、自己紹介されても誰が誰だか全く分かりません。一通り自己紹介が終わったところで、ドクターの一人から「先ほど説明した通り、別室であなたのモニターを見ていたら、急に赤ちゃんの心音が下がって戻らなくなった。今もまだ下がったままだ。このままだと赤ちゃんの脳に酸素が行かなくなり、脳機能障害を起こしてしまうもしれない。すぐ取り出さなくてはいけないので、今から緊急帝王切開をする。全身麻酔をしてもいいか?」と聞かれました。その時、私は声も出ない状態だったので、意思を示すために頷いたら、すぐにゴムの臭いがする吸引器が鼻と口に当てられました。

(後日、執刀医に手術の様子を教えてもらったのですが、一刻を争う状況だったため、私の全身麻酔が効いてからすぐにお腹をスパッと切って、中に手を入れ、赤ちゃんをヨイショッと外に出したそうです。出産にかかった時間は、なんと38秒。パートナーは手術室に入るには手術着を着なくてはいけないと言われ、外で着替えている間に「はい、生まれたよ」と赤ちゃんを渡されたそうです)

そして、目が覚めたら手術室は薄暗く、とても静かでした。あれほどたくさんいたドクター達はもう誰もおらず、隣にナースさんが一人いるだけでした。「Are you OK?」と聞かれたのですが、とにかくだるくて、体の感覚が無いので「Maybe」と返事をしました。壁にかかっている時計を見たら、午後11時35分でした。「ああ、2月20日中に生まれたんだな。Kurt Cobainと同じ誕生日だ」と思いました。

「You wanna see your baby?」と聞かれたので「Yes」と答えたら、ストレッチャーでパートナーと赤ちゃんが待っているところに連れて行かれました。そこはロビーの脇の一台一台のベッドがカーテンで仕切られているところで、カーテンを開けるとパートナーがベッド脇の椅子に座って赤ちゃんを抱いていました。

パートナーに「ずっと赤ちゃん抱いてたの?」と聞いたら、「ううん、腕が疲れたらベッドに寝かせ、疲れが取れたら抱いて、を繰り返してるよ」と答え、「赤ちゃん、あなたの腕の中で眠ってるね」と言ったら、「僕が赤ちゃんを渡された時はすごく泣いてたよ。でも今は泣き疲れて眠ってる。もう生まれてから3時間くらい経ってるからね」と言いました。

(パートナーは病室の外で手術着に着替えていて知らなかったのですが、赤ちゃんが生まれた時、羊水を飲んでいたのか産声をあげなかったそうです。そのため、ドクターは気道の中を吸引して呼吸ができるようにし、刺激を与えたらやっと泣き始めたそうです)

それから、パートナーと生まれたばかりの赤ちゃんとともに回復室へ移動しました。

3. 術後と退院

その日の夜は、下半身の感覚は全くなく、朝まで少し眠っては喉が渇いて目が覚めるのを繰り返しました。付き添いで部屋にいたパートナーに何度も水を取りに行ってもらい、ずっと水を飲んでいました。赤ちゃんは泣かずに朝までずっと眠っていました。

朝になり、ナースさんに「赤ちゃんにおっぱいあげなくていいんですか?」と聞いたら、「生まれたばかりの赤ちゃんは、子宮の中でお母さんからもらった栄養がまだ残っているから、生まれてから24時間はおっぱいあげなくても大丈夫」と言われました。

また、第一子の時は髪に血の塊がついていたのに、今回は髪に何もついていなかったので、「生まれた後、洗ったのですか?」と聞いたら、「洗ってないですよ、羊水で濡れてたのを拭いただけ。帝王切開は産道を通らないので血が付かず、普通分娩の赤ちゃんよりキレイですよ」と言われました。

夜通し水を飲み続けたのに、導尿カテーテルを入れられているのでトイレに行く必要はありませんでした(ナースさんは、カテーテルの先の袋の中身を何度も捨てに行かなくてはならず、大変そうでした)。赤ちゃんはぐっすり眠っており、体はだるいけど痛みはありません。娘の学校のママ友(私の妊娠を知っている人たち)に出産の報告と赤ちゃんの写真を送ったり、パートナーと名前をどうするか話したりして、つかの間の休息を取りました。

昼過ぎ、少しずつ麻酔が切れてきました。鈍痛が激痛に変わり、とても痛いです。ナースさんから、赤ちゃんにおっぱいを(今は出なくても)咥えさせることと、搾乳を始めるように言われたのですが、お腹が痛くて体が動かせません。ベッドから降りることはできないし、ベッドの上で体を横に捻じるだけでもしんどいのです。それでも歯を食いしばって搾乳をし、最初は赤ちゃんにスリンジを使って搾乳したミルク(pumped milk)と病院に寄付された母乳(donated milk)を与え、少しずつ直に授乳を始めました。この日(入院二日目)の夜も上の娘を近所のクラスメートの家に泊めさせてもらい、パートナーは私の病室に泊まりました。

入院三日目、お腹の痛みが前日より少し良くなり、それまで怖くて見られなかった帝王切開の縫い目をやっと自分の目で見ることができました。メスでスッパリ切った切開痕が、ホチキスとテープで交互に閉じられています。ところどころ乾いた血が付いており、とても痛々しいです(実際、痛いです)。

午後には導尿カテーテルが外され、ナースさんに自分でトイレに行くように言われました。また、もう自分でシャワーを浴びていい、部屋の中を歩き回るなど体を動かした方が治りが早い、と言われましたが、痛くて痛くてまだベッドから降りられる状態ではありません。私はバストイレが付いた個室を使っていたのですが、ベッドからトイレまでたった10歩程度の距離でも途方もなく遠く感じます。しかし、尿意を感じたらトイレに行かないわけにはいかないので、前屈みになり亀より遅い歩みで頑張ってトイレに行きました。

入院四日目の朝、とうとう退院許可が出ました。午前中にナースさんにお腹の傷口のホチキスの芯を取ってもらいました。この日は土曜日で、週末の予定はすべてキャンセルしていたので一日病室でゆっくり過ごし、夕方、夕食を食べてからタクシーで家に帰りました。

4. 周囲の助け

数週間前から、近所に住んでいる台湾人のおじさんに、「出産で病院に行かなければいけない時はいつでも言って。僕が車で病院まで送ってあげる。夜中でも遠慮しないで。君のために24時間待機してるよ!」と言われていたのですが、私はできるだけ自力で病院に行こうと思っていました。しかし、いざ陣痛が始まると、5歩歩くたびに止まって休憩しなくてはいけないような状態になってしまい、(第一子の時は、タクシーまでちゃんと歩けたのに!)、結局、台湾人のおじさんに病院まで車で送ってもらいました。

あと、今回の出産一番の問題が、6歳になる上の娘のことです。もし普通分娩で済まなかったら、パートナーは一晩病院に泊まることなります。夜、6歳の娘を家に一人にしておくことはできないので、どうしようか困っていたら、3軒隣に住んでいる娘のクラスメートのお父さんが、「うちは子供が4人いるから、一人増えても大して変わんないよ。〇〇(娘の名前)ちゃんはうちで面倒見るから、安心して生んできな!」と言ってくれました。

結局、出産当日の夜と次の日の夜、娘をクラスメートの家に泊まらせてもらいました。娘は「楽しいお泊り会」気分で、たくさん夕食を食べ、一緒にお風呂に入り、夜遅くまで遊んで、クラスメートとそのお姉ちゃんと雑魚寝をしてとても楽しかったそうです。入院3日目の夜、娘に「今日からもうクラスメートの家にお泊りしなくていいからね。家に帰ろうね」といったら、「いや!また〇〇(クラスメートの名前)ちゃんちに泊まる!」と言い出して大変でした。

後日、生まれたばかりの赤ちゃんを連れ、お菓子を持って、クラスメートの家にお礼を言いに行きました。娘の食事や服の洗濯など、一番助けてくれたクラスメートのお母さんには「大変な時はお互い様。これからも、助けが必要だったら遠慮なく言ってね!」と言ってもらえ、言葉にできないほど感謝の気持ちでいっぱいになり、涙が出そうになりました。

5. 最後に

昔、女優の田中美佐子さんが43歳で子供を出産したというニュースを見た時、「43歳で子供が生めるのか!」とビックリしたのですが、まさか自分も同じ年齢で子供を出産することになろうとは思いもしませんでした。

高齢妊娠&出産は大変です。私が経験した妊娠中&出産時のトラブルは全て高齢が原因です。もし生めたのなら、若いうちに生んでおきたかった。でも、20代は仕事にかまけ、30代は留学・就職・永住権取得・第一子出産・子育てで忙しく、気付いたら43歳になってました。もう妊娠できないだろう、一人っ子で諦めようと思っていたところに妊娠発覚し、新型出生前診断(NIPT)で健康な子供だということが分かったので、出産を決断しました。

結果、生んでよかったです。生まれてきた子はとても可愛いです。これまで一人っ子のように育てられてきた上の娘は、赤ちゃんにヤキモチを焼くんじゃないかと心配していたのですが、私の心配とは裏腹に小さな妹にメロメロで、とても可愛がっています。赤ちゃんは今はまだ小さな光ですが、これから育っていき、いつか家族を照らす大きな太陽になると思います。これから高齢ママ生活が待っていますが、上の子と同じように全力で子育てをしていこうと思っています。

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