第一子を出産しました



今日という日が、自分の人生の中で忘れられない日になりました。2012年10月15日午前11時39分、BC Women's Hospitalにて女の子を出産しました。

予定日より2週間早い出産で、私のことを個人的に知っている人は「えっ、もう生まれたの?」と驚いたかもしれません。実際、生んだ本人が一番驚いています。私だって、先週、ドクターから一本の電話がかかってくるまでは、「まだまだ先。あと半月」と思っていました。


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10月9日(火)

ことの始まりは、先週の火曜日のSCBPCentering Pregnancy Group(CP)でのこと。CPが始まる前のセルフチェックにて、血圧が異常に高く(最高血圧145、最低血圧96)、尿からたんぱく質が検出されました。これをドクターが異常だと指摘し、翌日にLife Labsにて血液と尿の精密検査を受けるよう言われました。

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10月10日(水)

ダウンタウンのLife Labsに行き、血液と尿の精密検査を受けました。

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10月11日(木)

Life Labsの検査結果がドクターの元に送られ、それを見たドクターがビックリして私に電話を掛けてきました。

「今日の夜6時半に、あなたのパートナーを連れてBC Women's HospitalのLabour and Deliveryに来て。パートナーは、今、仕事中?でも、BC Women'sでもう一度再検査をして、その結果によっては大切な話をしなくてはいけないから、彼には早退してもらって、絶対二人で来て」

と言われました。

その時、まだ私は事の重大さを知らず、パートナーに電話して「昨日、Life Labsで血液検査をやったのに、今度はBC Women'sまた同じ検査をやるみたい。ドクターに病院にあなたを連れて来てって言われたから、仕事早退して一緒に来てくれる?」と伝え、スカイトレインのBroadway駅近くで待ち合わせて、二人で一緒にBC Women's Hospitalに行きました。

その日、BC Women's HospitalのLabour and Deliveryは、出産ラッシュでとても混んでいました。私たちはカーテンで仕切られた診察室に入り、腕には血圧と私の脈拍を記録するためのモニター、お腹には赤ちゃんの心拍を記録するためのモニターを付けられ、血液と尿の採取を行い、その検査結果を待っていました。

診察室はカーテンで仕切られただけなので、周りの声が丸聞こえでした。検査結果を待っている間、暇だったので、パートナーと一緒に隣の診察室の話に聞き耳を立てていました。隣の診察室には、第三子を妊娠している女性がいたのですが、彼女は第一子、第二子を帝王切開で出産しており、今夜にでも妊娠中の第三子を帝王切開で出産し、日付が変わる前に家に帰りたいとドクターに要請していました。最初、ドクターは彼女がこれまで2回お腹を切っているので、今回は径膣分娩を薦めていたのですが、彼女に根負けし、最終的に「今夜9時に帝王切開開始、11時に退院」ということが決まりました。一部始終を隣で聞いていた私とパートナーは、小声で、「お腹切った2時間後に退院なんて、そんな無茶な。カナディアン、怖いね」とささやき合いました。

そうこうしている間に、ドクターが検査結果を持って診察室に戻ってきました。ドクターは難しい表情で、私が妊娠高血圧症にかかっていること、これ以上、妊娠を継続させると、母体の腎臓と肝臓に障害が出るかもしれないこと、また、お腹の中の赤ちゃんに栄養が届いていないおそれがあり、これ以上お腹の中に留まっても成長することができないこと、そして、私はすでに37週目に入っており、すでに赤ちゃんは生まれる準備ができているので、自然に陣痛が起こるのを待たず、すぐにでもLabour Induction(薬で陣痛誘発させて)出産することを勧められました。

ドクターに「今週末中に出産しましょうね」と言われ、それが突然過ぎたため、「できれば、自然分娩したいです。今週末だなんて・・・」と言ったら、「でも、お腹の中の赤ちゃんは今、栄養が届いてなくて苦しい思いしているのよ。早く出してあげることが彼女(赤ちゃん)にとっての最善の処置なの」とドクターに説得され、渋々InductionをOKしました。

その場でLabour Inductionの申込用紙にサインし、ドゥーラさんに電話して現在の状況(Inductionを行うので、今週末に出産になるかもしれないこと)を伝え、その日は午後11時に病院を後にして家路に就きました。

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10月12日(金)

次の日、昼1時頃にBC Women's Hospitalから電話があり、「今日からInductionを始めるので、夕方4時半にパートナーと一緒に病院に来てください」と言われました。すぐに仕事中のパートナーに電話し、昨日に引き続き、今日もまた仕事を早退して病院に付き添ってくれるよう伝えたら、パートナーはすでに昨日起こったことをボスに話していて、来週の月曜日から2週間の産休を取っていました(彼にしては、珍しく用意周到でした)。

病院に到着し、今度は診察室ではなく個室を与えられ、昨日と同じように腕には血圧と私の脈拍を記録するためのモニター、お腹には赤ちゃんの心拍と陣痛を記録するモニターを付けられました。そして、BC Women'sのドクターに子宮頸部にCervidil(子宮口を開かせ、陣痛を促進させるタンポン状の薬)を入れられ、腕には点滴を打たれました。点滴の中にはOxytocin・レベル1(陣痛を促進させるホルモン)が入っており、これで数時間様子を見て、うまくいけば数時間で陣痛が始まり、子宮口が開くとのことでした。

しかし、午後11時半になっても、陣痛が起こらなかったため、この日もひとまず家に帰ることとなりました。

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10月13日(土)

翌日、朝9時にBC Women's Hospitalからの電話で目が覚めました。「Inductionの続きを行うので、今すぐ病院に来てください」と言われたのですが、ここ数日、午前様続きでとても疲れていたので、Inductionは午後から始めてもらえるようこちらの要望を伝え、(看護婦さんに怒られつつも)なんとか了承してもらい、午後にパートナーと一緒に病院へ行きました。病院では、昨日と同じように個室を与えられ、体にモニターをたくさん付けられました。そして、新しいCervidilを入れられ、Oxytocin(レベル1)を点滴しました。その状態で午後11時まで病院に居たのですが、またしても陣痛が起こらなかったため、この日も夜遅くに病院を出て家に帰りました。

2日間もCervidilを入れ、Oxytocinを点滴しているのにもかかわらず、私の体は全く反応しない(陣痛が起こらない&子宮口も開かない)ため、ドクターが何度も私の病室を訪れて首をかしげていました。私は心の中で、気分的にまだ子供を生む覚悟ができていないから、体も出産への準備を拒否しているんじゃないかと思っていました。

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10月14日(日)

早朝4時半、まだ夜も明けてない暗闇の中、お腹が痛くて目が覚めました。まだ頭が寝ぼけていたため、その腹痛はてっきり便意かと勘違いし、バスルームに行ってトイレの便座に座った途端、足の間からいきなりすごい勢いで水がジャバーと落ちました。

「こ、これはもしかして破水!」と思い、慌ててパートナーを起こしました。そしてドゥーラさんに電話をし、「今、破水しました」と伝え、破水の水の色(色がついているか無色か)を聞かれたため、「少し血の混じった無色」と答えたら、今感じている腹痛は陣痛だから、これからそれぞれの陣痛の長さと間隔を記録すること、SCBPの24hrs Pager Numberに電話して、対応した助産婦さんに破水したことと陣痛が始まっていることを伝え、今後の指示を仰ぐよう言われました。

SCBPの24hrs Pager Numberに電話したら、この時点でまだ陣痛の間隔が10分と長かったため、ひとまず自宅待機することとなりました。

しかし、陣痛の痛みはひどくなっていくのに、間隔が10分→20分→30分と、短くなるどころか段々長くなっていきます。夕方、SCBPの24hrs Pager Numberに再度電話を掛け、陣痛間隔が長くなっていることを伝えたら、陣痛の様子がおかしいのと、破水してから24時間以内に入院する必要があるので、ひとまず入院荷物を持ってBC Women's Hospitalに来るように言われました。家を出る前、ドゥーラさんに電話し、これから入院になることを伝えました。

夜10時頃、BC Women's Hospitalに到着しました。この日もBC Women'sは出産ラッシュで混んでいて、私が到着した時、入り口横のベンチには分娩室の空きを待っている(私よりも)陣痛の酷い妊婦さんが横になって唸っていました。受付を済ませて30分くらい待ったところで、SCBPの24hrs Pager Numberで電話対応してくれた助産婦さんが来て、私を分娩室に案内してくれました(Induction中なので、2階の天窓のある分娩室ではなく1階の窓の無い処置室の方でした。ああ、2階に行きたかったです)。分娩室に入ってから、いつものように手術着に着替え、様々なモニターを付け、点滴を打ちました。

準備ができたところで、分娩室にBC Women'sのドクターが来たので、この日の朝4時半(破水)からの陣痛の記録を見せました。そしたら、もう破水しているのにかかわらず陣痛の間隔が長引いているのはおかしい、Inductionで投与したホルモンがちゃんと働いていないのではないか、ということで、点滴のOxytocinをレベル1からレベル2に上げました(「このOxytocinの数値を上げると体に負担がかかり、陣痛がさらに辛くなるが、陣痛の間隔を狭めるためだから頑張って耐えてね」とドクターに言われました)。

そうこうしているうちに、ドゥーラさんが分娩室に到着。そして月曜日へと日付が変わりました。

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10月15日(月)

Oxytocinのレベルを上げて数時間経っても、陣痛の間隔が全く狭まらないため、ドクターはOxytocinのレベルを2から4へ、4から6へ、6から8へと段階的に上げていきました。それで多少間隔は狭まったものの、出産できる3分間隔まで短くはなりません。しかし、陣痛の痛みはどんどん酷くなっていきます。

ドゥーラさんは、陣痛の痛みを少しでも和らげるために笑気ガスの吸引口を私に渡してくれたのですが、笑気ガスを吸引しても痛みは全く和らぐことはなく、かえって呼吸が乱れて痛みが増しました。

午前4時の時点で、私が陣痛の痛みに耐えるためにこれ以上体力を消耗すると、出産まで体が持たないとドクターが判断し、エピドール(麻酔)を投与して陣痛の痛みを和らげることとなりました。分娩室に麻酔専門のドクターがやって来て、私にベッドの上に座るよう指示し、脊髄の辺りを消毒し、管に繋がれた針を3本刺し、それを固定するために背中にテープを貼りました。エピドールは、針を刺してから10分くらいで急激に効き始め、陣痛の痛みを感じなくなりました。

そこでやっとドクターと落ち着いて話ができるようになったのですが、ドクターは、私の陣痛が始まって24時間以上経っていてすごく疲れているだろうから、体力を回復させるために少し眠るようにと言いました。そして、ドクターと看護婦さん、ドゥーラさんなど、私とパートナー以外の人全て分娩室から退室しました。

簡易マットレスを床に敷き、寝る準備をしていたパートナーに「陣痛、本当にありえないくらい辛いよ。でも、エピドール、すごく効いてる!」というような話をした後、あっという間に眠ってしまったようで、気付いたら朝7時半でした。私の隣で眠っていたパートナーを起こし、「生まれるとしたら今日だね」「あと数時間で全て終わるといいんだけど」という話をしました。

そうしているうちに看護婦さんがモニターをチェックしに分娩室に来ました(パートナーの話によると、私が眠っている間も、看護婦さんは何度も部屋に来てモニターをチェックしていたようです)。看護婦さんから、陣痛の間隔が多少狭まっていることと、これ以上長引かせることはできないから、数時間後にはドクターもここに来て分娩を開始するだろうというということを聞かされました。また、エピドールのお陰で陣痛の痛みは全く感じられなかったけど、代わりにすごい寒気がしたため、看護婦さんに予備の毛布を何枚も体に掛けてもらいました。

朝9時に、ドゥーラさん、BC Women'sのドクターと看護婦さんたち、そしてSCBPのドクターが部屋に戻って来ました。子宮口の開き具合を確認したらやっと全開していたため、分娩を始めることとなりました。その時、エピドールが切れ始め、また陣痛の痛みを感じるようになっていたので、ドクターにエピドールを追加するよう頼んだのですが、陣痛がないといきむのが難しいから、エピドールは追加せずに、そのまま分娩することとなりました。

しかし、陣痛の痛みは感じるけど、エピドールのため下半身の感覚が鈍くて力が入らず、いきみはじめてから2時間経ってもまだ生むことができません(赤ちゃんの頭が見えているのに出てこない状態が30分くらい続きました)。そのため、最終的に会陰切開をし、吸引(Vacuum pump)をして、やっと赤ちゃんを出産することができました(この時、時間は午前11時39分でした)。

生まれてきた赤ちゃんは、身長43cm、体重2250gと、思いのほかとても小さく、肌は赤黒く、顔も手足も痩せていました。

(後でドクターが簡単な検査をしたのですが、器官は全て発達していたので「未熟児(Premature infant)」ではなく、体重2500g以下の「低体重児(Low birth weight infant)」ということでした)

本来はあと2週間お腹の中に留まってもっと十分育ってから誕生することができたのに、私が妊娠高血圧症にかかってしまったせいで成長しきらないまま早く出産することとなり、赤ちゃんに対してとても申し訳ない気持ちで一杯になりました。

これから、お腹で育っていたはずの分を取り戻すために、いっぱいミルクを与えて、一生懸命育てていきたいと思います。

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