いじめる側の問題

今、日本でイジメ問題が話題になっているようです。インターネットのニュースで知りました。

イジメは、人間が「弱い者を虐げることによって優越感を持ち、悦を感じる」という感情を持っている限り、どれだけ時代や状況が変わっても、なかなか無くならないものだと思います。

でも、「人をいじめてはいけない」「他人が嫌がることをしてはいけない、悲しませてはいけない」は道徳云々以前に、まともな人間だったら普通に「やらない」と思います。それを乗り越え、誰か標的を見付けていじめてしまう「いじめる側」の人は、きっとその人自身が歯止めを利かせることができない、人間性がまだまだ未熟(イジメ行為を目撃した周りの人間による自分への評価がどのように変わるか予測できない(=社会的修行が足りない)、他人を配慮する心がない(情緒育成に欠落した部分がある))からだと思います。

私が中学生の時、ある運動系の部活に所属していたのですが、同じ部活の同級生の中に一人、いじめっ子気質の子がいました。部活動後、毎日一緒に帰っていた仲良しグループの中の一人を突然無視し始めて挙句の果てにグループから追い出したり、後輩の一人を標的にして「あの子の態度が悪いからウチラが先輩として注意してやらないと」と率先して言い出したりしていました(ちなみに、私はその後輩の態度が悪いと感じたことは一度も無かったです)。

今思うと、彼女の標的になる人間は、彼女よりちょっとパワーが足りない子、立場が弱い子だったように思います。私は彼女とは常に対等だったので標的になることもなく、元々特に仲が良かったわけではないので、中学卒業後、そのまま彼女の存在を忘れてしまっていました。

卒業してから10年後、一度カナダ(&アメリカ)から帰って地元で働いていた頃、仕事帰りに偶然電車の中で彼女を見かけました。母親らしき人と腕を組んで座り、足を絡ませながら仲良さ気に話をしている同世代らしき女性を見かけ、なんとなく「“仲良さ気”具合が少し異常だな」と思って顔を見たら、彼女でした。

中学卒業当時と変わらない「ヘルメットのようなおかっぱ」の髪形に、全く化粧をしていないスッピン顔(眉毛が全然手入れされてなくボサボサ)、そして25歳とは思えない高校生のような服装でした。彼女は、向かいに座っていた私に一度も視線を向けることなく、私に全く気付かないまま地元の駅で母親と一緒に電車を下りていきました。

そういえば昔、彼女の家庭は少し特殊な事情を抱えているという話を聞いたように思います。どういう事情かは知らないけど(忘れてしまった?)、その事情が中学時代の彼女を「いじめっ子気質」に育て上げ、10年後、このような状態にさせたのだな、と思いました。

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