地震 まさか、帰国中にこんな大災害が起きるなんて。 地震が起きたとき、私は名古屋行きの特急電車に乗ってました。 なので、地震には全く気付きませんでした。 カナダにいる彼氏は、日本で地震があったことを知ってすぐに何度も私の携帯に電話したようです。しかし、その頃私は街中を歩いていて携帯が鳴っていることに全く気付かず、何度目かのコールで気付いて応答したものの、なぜか電話はすぐに切れてしまいました(その時は「何?誰?非通知でワン切り?」と思いました)。 数時間後、名古屋での用事を済ませて帰ろうとしたら、駅の改札前で号外が配られていました。街中で人が「北陸の方で、すごく大きい地震があったそうだよ」と話をしていたので、地震があったことは知っていたけど、号外に載っている地震の被害は私の想像以上の規模で、帰りの電車の中でショックを受けました。 そして家に着き、すぐメッセンジャーを開いたら、彼氏から「何度も電話したんだよ・・・」というメッセージがたくさん来ていました。 彼氏によると、最初の電話は呼び出し音が数回鳴った後に切れてしまい、その後は何度電話しても呼び出し音さえ鳴らずに切れてしまったそうです(電話回線が混んでいたと思われます)。 彼氏よ、心配掛けてゴメン。 バンクーバーのみなさん、私は無事です。 岐阜は震度3だったので、この辺りは地震による被害はありません。 でも、三陸沖が大変なことに。 ニュースを見るのが辛いです。
健康保険証と運転免許証 昨日、市役所に行って、海外転出になっていた住民票を戻し、国民健康保険に再加入しました。 とはいっても、今回の再加入は1ヶ月のみです。現在、私の日本の年金加入期間は7年11ヶ月なのですが、その年金をカナダに移行する際、カナダは期間を年単位(7年)とカウントするため、あと1ヶ月追加して、年金加入期間を8年にするためのものです。 手続きしてからものの20分で、保険証を受け取ることができました。新しい保険証は紙に印字されたもので、素材がなんだか頼りないです(厚生年金保険証はプラスチックだったのに)。有効期限が「平成23年10月31日まで」となっているので、年金を払い続ければ、有効期限前に新しい保険証が家に郵送されるシステムなのでしょうか。 (今回は確実に1ヶ月分年金を支払いたいので、支払い票を同時に受け取ることはできませんでした。後日、一週間ほどで家に郵送されるということでした) そして今日、三田洞の岐阜運転者センターに行って、新しい運転免許証を発行してもらいました。 私の古い免許証は、平成21年4月(2年前)に期限が切れています。でも、 「海外旅行、海外勤務、入院等、『やむを得ない理由で失効後6ヶ月以内に手続ができず、その事情が止んで1ヶ月以内、かつ失効後3年以内』なら所定の手続きを行うことによって保有していた運転免許を再取得することができる」 とされています。確認のため、前日に運転者センターに電話して、私の免許は再発行できるかどうか聞いてみたところ、「運転免許証が切れてから今回の帰国まで、一度も日本に入国していないことを証明できたら、再発行をすることができます」ということでした。 そのため、 ・パスポート(運転免許証が切れてからこれまでの全ての出入国記録が確認できるもの。パスポートを切り替えていたら、旧パスポートも必要) そして、通常、運転免許証再発行に必要な、 ・失効している運転免許証 ・運転免許証更新のお知らせハガキ ・住民票(※注) ・証明写真(指定の縦3.0cm×横2.4cmサイズ) を持って、電話で言われた指定の時間に運転者センターに行きました。 (※注) 海外転出状態になっている人で住民票を戻さない場合は、自分が住民票の本人でその住所に存在しているという第三者の証明が必要になります。(私は前日に(健康保険のため)住民票を戻しているため、証明は必要ありませんでした) 受付で、昨日電話で話したことと同じことを説明し、パスポートを見せて免許失効後一度も日本に入国していないことを証明したら、無事再発行してもらえることになりました。すぐ視力検査となったのですが、以前の免許では運転の際は眼鏡を掛けなきゃいけない条件だったのに、今回の視力検査では勘が冴え、視力検査を見事パスし、条件から眼鏡を外すことができました。 発行された新しい運転免許証は、法律が変わったため「普通免許」から「中型免許」になりました(ペーパー17年で、軽自動車さえ運転できないこの私が「中型」免許!)。また、本籍の記載が無くなったり、ICチップ入りになったり(8桁のパスワードを登録しなくちゃいけなかったり)、いろいろ変わりました。 でも、前の免許証はゴールド(優良運転者)だったのに、新しい免許証は3年期限のブルーに戻ってしまいました。担当者の方がとても親切で、私があまり頻繁に日本に帰って来られないことを話したら、免許が切れる1年前でも2年前でもいつでも免許を更新することができることを教えてくれました(その場合、新しい免許は更新日から3年となります)。「これからは帰国したらそのタイミングで免許を更新し、無事6年間更新することができれば、免許はまたゴールドになります。そうなったら、更新は5年に一回で済ますことができますよ。だから6年間は頑張って免許を更新してくださいね」と言われました。 ちなみに、今回の免許の再発行手数料は合計5,800円でした。 (交通安全協会の協力金含まず。毎度のことですが、「手持ちがありません」と断りました) さて、これからはこの新しい運転免許証も使って、さらに他の手続きを進めていきます。 この調子で、カナダに帰る前に全部の手続きを無事済ませられますように。
10年前のメモ 今、せっせと実家の自分の部屋の荷物整理をしています。 今の時点で、ほぼ部屋の半分が空になりました。明日には古本屋に買い取ってもらう本の発送をして、週末には全て終わらせたいところです。(でないと、カナダに戻るまでに音楽CD(350枚ほど)をHDへコピーする作業が終わらせられません) 荷物整理をしていると、たまに感慨深いものが出てきます。 先ほど、私が東京&ワーホリでバンクーバーに暮らしていた頃、地元の友達とやり取りした手紙が出てきました。 その手紙は、1995年~1999年、まだインターネットがそれほど普及していなかった頃だったため、連絡手段は「メール」ではなく「直筆の手紙」でした。プリクラが貼ってあったり、妙なイラストが散りばめられていたり、内容も「彼氏と別れたよ」「ハワイに行ったよ」という報告的な内容もあれば、真剣な人生(進路)相談もありました。 それらの手紙をひとつひとつ読み返し、「そういえばこんなこともあったなぁ」「私は友達に恵まれてるなぁ」と心温まりつつ、でも、これらの手紙をカナダに持っていくことはできないので、細かく破ってキッチリ処分しました(部屋に残しておくと、後々私の家族が見つけるかもしれないからです)。 そして、自分の(苦悩の)メモも発見してしまいました。 A4サイズ半分の、何かの裏紙にびっしり書かれた、紛れもない自分の筆跡のメモです。内容は、「やらなければいけないことがいっぱいあるのにもかかわらず、気持ちだけが焦って、結局、何も手をつけられない」という自己批判から始まり、中盤で「でも、焦る必要はない、急ぐ必要はない、自分の速さで少しずつ進めていけばいいじゃないか」となり、「努力さえ続けていけば、将来、100%理想の自分になれなかったとしても、きっと少しはそれに近づけられていると思う。今は何の進展も感じられないけど、きっといつか報われるから頑張ろう」と締めていました。 このメモを書いたのは、(元彼との状況も書いてあり、そこから推測すると)多分2001年秋頃。今から10年前です。書いた状況を今でもハッキリ覚えていて、どん詰まりで「あああああ」となり、近くにあった裏紙をビッと半分に破って、勢いで書き上げました。当時は、時々このメモを自分で読み返して、状況を打破するモチベーションにしようと思っていたのですが、なぜか行方不明になってしまいました。そして10年経った今日、発見しました。 10年前の私、青いな。若いな。焦ってるな。 今の私なんて、超心穏やか。いい具合で、力が抜けています。 でも、その頃、こうしてもがいたお陰で今があるようなもの。 もしタイムマシーンがあったら、この頃の私に会いに行き、ハグをして、「焦らなくていいよ。その努力は、いつか実るよ」と言ってあげたいです。
浦島太郎的悲哀 今日は、所用で岐阜まで行ってきたのですが・・・、 私の女子高生時代の思い出の場所、 岐阜パルコが、新岐阜百貨店が、メルサが、柳ヶ瀬のセンサーが、 無くなってました。 閉店してたり、建物があった場所がさら地になっていたりと、なんとも悲しいことに。 ついでに、路面電車も無くなってました。 私がカナダに行っている間に、一体、岐阜に何が起こったのですか? 唯一、変わらず残っていたのは、新岐阜駅裏、元ダイエーの向かいのBanana Recordだけ。 浦島太郎、今さらながらショックです。
帰ってきました 昨日、実家に帰ってきました。 4年ぶり(前回、帰国した際、自分の部屋に入っていないので、実質6年ぶり)の自分の部屋は、すっごく埃っぽいです。 ささっと掃除したけど、まだ、埃っぽい(というか、埃臭い)です。 多分、エアコンのフィルターが原因なのかな? 掃除しなければ。 机の上には、運転免許更新のお知らせやら、日本年金機構からの「ねんきん定期便」やら、書類がいっぱいです。日本滞在中は、これらの書類の手続きに走り回ります。 あと、できるだけ友達に会って、4年間の空白を埋めつつ、留守の間に生まれたベイビーたちにも会いたいです。 と、同時に、お金の整理と、自分の部屋の整理もします。 移民後、カナダに経済基盤を置くことになり、年金や老後の資金やらの口座をカナダで作りました。そのため、日本に残してある銀行口座に、カナダの口座への送金設定(海外送金はオンラインで設定出来ないのです)をする予定です。また、クレジットカードの管理も見直したりしたいと思います(日本のクレジットカードは1枚のみキープ、あとは解約します)。 そして、自分の部屋の整理。家具と本と音楽CD以外は、もう全て捨ててしまうつもりで、部屋の中を片付けます。本と音楽CDはカナダに輸送し、家具は残したまま、自分の部屋を家族に引き渡すつもりです。 そうこうしている間に、あっという間にカナダに戻る日が来てしまいそうです。 滞在期間は限られているので、一日一日を大切に、着実に用事を済ませていきたいと思います。
3度目のうさぎ あけましておめでとうございます。2011年です。うさぎ年です。 年女の私は、今年で3度目のうさぎを迎えました。 今年は、久しぶりに日本に帰ります。 今回の日本帰国は、半年前、カナダの永住権を取得したのに伴い、これ以上、日本に残す必要がないものの整理のための帰国です。銀行口座を(いくつか解約して)一つにしたり、日本発行のクレジットカードを一枚にしたり、期限切れになった運転免許証の再発行したり、実家の自分の部屋を掃除して家族に明け渡したりなどを行う予定です。 だから、今回は私一人の帰国です。彼氏は、(ポポの世話役・お留守番として)バンクーバーに残していきます。 4年ぶりの帰国、とっても楽しみです。